CBTの創始者 アーロン・T・ベック
アーロン・T・ベックは、アメリカの精神科医で、認知行動療法(CBT)を生み出した人物です。
患者には穏やかな蝶ネクタイの紳士として親しまれ、一方で研究仲間からは、驚くほど仕事のできる人物として知られていました。
学生時代は、さまざまな職業に憧れました。
でも、一番切実だった夢は「生活費を稼ぐこと」でした。
ベックは二人の兄を追いかけて大学に入りましたが、奨学金とアルバイト代で学費を払った苦労人だったのです。
そんなベックも、子どもの頃、小学一年をもう一度やり直したことで、「自分は周りのみんなより能力が低い」と思い込み、強い劣等感を抱いていました。
実際には、けがの感染症で長く学校を休み、勉強が遅れていただけでした。
そのことを本人はすっかり忘れており、数年後に親から説明されるまで、自分の思い込みを疑わなかったのです。
しかも、そのけがの治療をきっかけに、血液外傷恐怖症を抱えていました。
外科実習では、メスを持つ側なのに、全身が汗でびっしょりになるほどだったそうです。
母親はうつ病を患っており、ベック自身にもクヨクヨしやすい気質がありました。
その一方で、納得できない指示には従えない一面があったことを、本人は「末っ子だったからでしょうね」とユーモアを交えて振り返っています。
娘のジュディスがまだ十代だった頃、アーロンパパはCBTについて熱く語りすぎて、少しひかれてしまったこともありました。 しかし、その後ジュディスも父の志を受け継ぎ、世界中へCBTを伝える役割を担いました。
若き日のベックは、オースティン・リッグス・センターで精神医学を学びました。
そこには、フロイトの娘アンナ・フロイトのもとで精神分析を学んだ、エリク・エリクソンもいました。
ベック自身も精神分析に魅力を感じ、深く学び、その価値を信じていた臨床家の一人でした。
けれど研究を重ねるなかで、データは、自分が信じてきた精神分析とは違う答えを示しました。
信じてきた理論ではなく、患者さんの回復という事実を道しるべに、ベックは研究と臨床を積み重ねました。
その歩みのなかから生まれたのが、認知行動療法(CBT)です。
ベックがともした灯火は、娘のジュディス・ベックへ。
ジェフリー・ヤングをはじめ、次の世代の臨床家たちへ。
日本では、大野裕先生をはじめとする多くの臨床家へ。
そして今も、世界中で受け継がれています。
CBTは、一冊の本から始まったものではありません。
苦しむ人を前に、「どうすれば回復を助けられるのか」と問い続けた臨床家たちが、何十年もかけて磨き、手渡してきた実践知です。
その灯火は今、この章を開いたあなたにも届いています。
